リハビリ

在宅のリハビリ

東京は台風の影響で土砂降り。古いお家は隙間風と音がとてもすごくて怖いくらいです。
飛ばされないように。。と祈りつつ過ぎるのを待っていました。
そんな中、長靴、カッパに身を包み作業療法の先生が自転車で来られました。
女性の先生で近くだからとは言うもののこの雨のなかホントありがとうございました。

先生に挨拶されて父は手の運動。麻痺している手をマッサージしながら、「今日はどの程度動くのかどうかチェックして帰りますね。」
でも父は、知らん振り?分っているのかどうなのかも返事無し。以前は麻痺している手を触るだけでもわめいたり泣いたりしていたのに今日はとてもおとなしい。というかマッサージされているのが分っていないのか・・・・きょとんとした顔をしていました。
たったの30分で終了。毎週土曜日の15時くらいに来られることが決まりました。
こういった在宅のリハビリは、個人というわけではないようで、男性の先生は皆さん病院とかけもちで患者さんを診ているそうです。(1人5人と病院)今日の先生は3名の患者さんを受け持っているとの事でした。これもまた人手が無いのかなぁと思いつつ、でも経験もないと在宅は1人で行うわけだから大変なのではと感じます。

父の右手はとても温かくなりました。でも手のひらは硬直しているせいで、小指が曲がり皮膚にあたっている為タコができ硬くなってしまいました。毎日洗っていてもなんとなく汗ばむし、動く左手で運動をしてくれればいいのですが・・・・怒るばかりで泣かれてしまいました(~_~;) 

父の表現

オリンピックが終ってしまいました。楽しみにしていた野球ももうありません。でも、前回日記を書いてから、退院の日が決まってしまいました。あと4日もないのです。
部屋が板の間になった他はベットも車椅子も当日ここに届くことに。車の手配やら、退院の手続きなどもあるのですがそれ以上に父の今後のリハビリが課題になっていました。
退院、という言葉を聴いてからというわけではないのですが、父はリハビリを断固拒否することが多くなったそうです。一時よくなったと思われていたのにベットにしがみついて離さず、ひたすら泣いているといわれてしまいました。また2日前には行くとすでに泣いていました。良く顔を見ると、大切に使い続けていためがねが割れていました。もう病院では作ってもらえませんから帰ってきてからは歯医者と視力検査などを自宅で受けられるようにお医者様を探してもらっています。
脳の病気ですからかむことというのはとても大切なことなのです。でも入れ歯を直したいとこの病院に移ってからずっとお願いしていたことですが、結局1ヶ月間言い続けても「今からでは退院までに間に合いませんので」とか「痛いとか離せないから、作るのは難しいんですよね」と伸ばされていたんです。ケアマネージャーさんにも相談したらすぐに取りかかれるお医者様を探しますととても良い返事が返ってきてちょっとほっとしました。
やはり病院は何かしらドラマで見るようにお願いしますと何かを渡すものなのかな?なんてふと思ってしまいました。はじめ入院した病院はあちこちに「お礼など受け取りません」とあちこちに張り紙がしてあったのですがそれもまたおかしなことで、かえって催促されているような感じにも受け取れたことがありましたが・・・どうなんだろう。
今回初めて病院という場所をあれこれ垣間見ることが出来ました。雑誌などに良い病院悪い病院と書かれて入るのを目にしますが、やはり先生が1人良くても看護師が悪かったり、先生が悪くても看護師や、リハビリの先生が優秀だったりとすべてが良いという病院は消してないと私は思っています。でも患者として入ったらきっと私はうるさい患者だなぁと嫌われ者になっていたかも知れないなぁ。。なんて思います。
入院は父にとってはとてもつらい半年だったと思います。1日でも早く杖を着いて歩けるようにとPTの先生もがんばってくださいました。父はそのリハビリの説明は良く聞いてがんばっていたように思います。言葉は、忘れるのは一瞬だけど取り戻すにはかなりの時間がかかります。目安としては3年くらいといわれました。私達もあせらずに、気を抜きながら向き合っていく必要があるんだなぁと思いますが、果たして。。どうなるのかなぁ〜 

日記

父は言語療法のとき、1冊のノートに日記をかいている。字を書く練習ためなので、内容は今日の日付と名前を漢字で書くこと。
先生が見本を書いて、わからないときは部首をかいてあげたりして書いていく。
目が悪いからどうしても2ページになってしまうほど大きな字になっているけど、今日は私の名前も練習ね。とかいて終えた。ひらがなはむずかしく今苦手なのは数字の8。どうしても3のようにかいて終わりになってしまう。右麻痺なので先生が言うには左側をかいてしまうとか右側が見えてないというのだけど、父は意識しているのだろうか。その一般的な解答とは全く違う状態になる。
最近手作りうちわを病室に届けた。うちわわかるかな〜?というと仰いで見せてくれる。涼しいねっていうともう入らないとベットのポールに引っ掛けて終わり(>_<)
父が今喜んでくれることは何だろう・・・食べ物や飲み物らしい。
今週、茨城からとても甘いとうもろこし「未来」が届いた。ちょうどTVで東ちづるさんがおいしい!ってほおばっていたのを見ていたので、早速茹でて食べました。とってもとってもおいしかった!!ならとこれをミキサーにかけて少し水を加えて裏ごし、トロミアップでトロミをつけて冷やして父に持っていった。するとペロッと1本分のスープを食べちゃいました。残り少なくなるとまだあるまだあると口をあける始末。甘さやおいしいさは通じたのかな〜?でもパクパクと気に入ったものは夢中になって食べるのでした。
いよいよ母がオムツ替えの練習をはじめた。はじめると看護師さんは冷たくて「オムツ替えて帰ってくださいね」なんていうらしい。1人でするにもまだ不安なので何かあれば教えてもらえるけど、お尻を上げたり、左右に傾いたりするのは父は上手らしい。でも、まだ排泄している感覚がなく、出ているか出そうかなどがいまいち。それさえわかれば、介護用のおまるで出来るのにね。と母とつぶやきつつこれからが始まる。 

2つの10か条

先日の勉強会で脳卒中にならないようにするにはという内容の中に「脳卒中予防十か条」がありました。それをここにも記しておきます。
1.手始めに 高血圧から 治しましょう 
2.糖尿病 放っておいたら 悔い残る 
3.不整脈 見つかり次第 すぐ受診 
4.予防には タバコを止める 意志を持て 
5.アルコール 控えめは薬 過ぎれば毒 
6.高すぎる コレステロールも 見逃すな 
7.お食事の 塩分・脂肪 控えめに 
8.体力に 合った運動 続けよう 
9万病の 引き金になる 太りすぎ 
10.脳卒中 起きたらすぐに 病院へ 
いくつ守れていますか?アルコールは大体1日1合程度までと言っていました。
これに関してあれこれ調べていたらこんな10か条も発見しました。
寝たきりゼロへの10か条
1.脳卒中と骨折予防寝たきりゼロへの第一歩
2.寝たきりは寝かせきりから作られる過度の安静逆効果
3.リハビリは早期開始が効果的 始めようベッドの上から訓練を
4.くらしの中でのリハビリは食事と排泄,着替えから
5.朝起きて先ずは着替えて身だしなみ 寝・食分けて生活にメリとハリ
6.「手は出しすぎず目は離さず」が介護の基本 自立の気持ちを大切に
7.ベッドから移ろう移そう車椅子 行動広げる機器の活用
8.手すりつけ段差をなくし住みやすく アイデア生かした住まいの改善
9.家庭(うち)でも社会(そと)でもよろこび見つけみんなで防ごう閉じこもり
10.進んで利用 機能訓練 デイ・サ-ビス 寝たきりなくす人の和 地域の輪
なんだか今の私たちには身にしみる10か条です(^_^;)
危ないといって手を貸したりしなくてももうベットから車椅子への移動はできるようになったのです。あとはトイレの練習。今までしてきた暮らしと同様にメリハリをつけて行うことって本と大事なんですよねぇ。 

病院についての講義

猛暑が続き、病院通いも日中はとても暑くて動けない。買い物も夜や朝早くに行くような状態でした。
今日と来週の2週にわたり、脳卒中という病気とは何か。リハビリや病状を病気になった当人と家族のために先生が講義をするというので出かけてきました。
2時間の講義。車椅子に乗った患者さんと家族が集まり先生がOHPをさしながらの話。まるで学校のようで少し難しく途中眠くなっちゃっいました。でも、脳卒中といっても症状は人それぞれ、同じところを出血したからといっても同じではないことや、詰まってしまってその後それが取れたとしても障害が出てくることなど、知らなかったことが結構わかったような内容で興味がありました。資料はあまりに完結かされていたのでメモを取りつつ聞いていたけど、再発の怖さや、喫煙や飲酒による影響もグラフになっていた。できれば禁煙っていうけど5年から正常に戻るのだそうで、「喫煙を1ヶ月なんていうのは無意味」だということもとても説得力のあるものだった。
講義の後。病室に行くと父はぼーっと寝ていた。土曜日は隔週のリハビリ。ちょうどOT(作業)の先生がいらして、「家族の方に今までやってきたことお見せしましょう!」といってトイレまで車椅子に1人で移り、車をこぎ向かった。洋式トイレの手すりをうまく使ってたって座って。。やせ細った父はちょっと悲しかったけど、なきつつも無事にトイレを済ませた。これでオムツが取れればいいですけどと聞いてみると、まだ出た出ないがはっきりしていないのでそれはまだ訓練が必要なのだそうです。 
その後はパズル(右の絵)。2色の棒を見本通りにさして模様を作るというもの。なぜかとっても早い。<$IMG$>次はその棒を補助箸を使ってビンに戻していく。色別にするのだけどすべて完璧ではない。つまむのは得意なのにどちらに入れて良いのか迷い箸。これが終るともう泣き出して自分でブレーキをはずして動き出して帰ろうとする。先生は一生懸命手のマッサージをしてくれているのに。。
帰りはとても早くエレベーターまで向かい病室へ帰るのが、OTの父の様子なのだそうです。生活に欠かせない動作のリハビリなのにね。当たり前すぎてきっと嫌なのかな〜。とそんな1日が今日も終った。 

貼り絵やぬりえ

手のリハビリである作業療法。麻痺した手を使ってあれこれさせられています。今までは輪投げや書道で字を書くなどでしたが先日から塗り絵や貼り絵が加わりました。
毎日3時間のリハビリはこれから一生続きます。やめてしまうと動かないものとして体が硬直し、着替えもつらくなり寝たきりになってしまいます。
私もこの半身麻痺を体験できないものかと右手足を動かさない状態にしてみてもやはり動いてしまいます。視覚はどうなってるんだろう。ふと思うと目の検査のような状態を思い浮かべてしまうのですが実は違うそうです。鼻の前からずっと大きな壁が出来ているような状態。だから右側が見えないため手や足がぶつかってもわからないそうなのです。実際ノートで見てみるとそれは半分の世界。想像もつきません。おかしいなって思っているの?と聞いてもまだ答えはありません。
脳の血流を見る検査をしたけど結果は特になく、でもその検査で脳に電波を流したら麻痺している手足が動いたといいます。脳さえもどれはきっと手は少し動くようになるのだろうか。理学の先生には「リハビリをもっと早くちゃんとした状態でしていれば」といわれました。初めてのことでマッサージをしていたけど、ベットが電動というのも腹筋が弱くなってしまったりあ脱臼を起こした原因ではとも考えら得るそうです。便利はいいけど良くないことってほんとに多いんですね。リハビリって日々何気なく行う動作を見直すにも病気じゃない人にもためになるのではと思いました。 

言語なんて大嫌い

先日申請していた障害者手帳が手元に来た。障害者割引というものの存在を今まで全く知らないので一冊の利用の手引きをみんなで読んだ。今の父に使えるものはなんだろう。JRやバス。まだまだ乗ることは出来ない。リフト付きのタクシーは病院の転院やこれから在宅になれば通院する際に使える。あれこれ文章を読んでみるけどなんだかとっても難しい言葉で書かれていて、同じ日本人なのになんだかとっても不親切にも思えた。
そんな中今日、TV東京でガイヤの夜明けという番組内で介護保険の現状を取り上げていた。父と同じような状態で在宅ケアをする人が紹介されていた。家族と一緒に医者やケアする人たち。私たちの近い将来を見たような気がした。
まだ話は出来ない父。これからリハビリでできるようになると希望を持ちたいけど、父は言語療法が一番嫌いらしい。ばかばかしいのだという。 <$IMG$>この4つの絵はわざと黒白。判断力を見るためらしけど、共通なのはひらがなで4文字。ばらばらに先生が言うものを指差していく。確かに幼稚園児でも嫌がりそうな・・・。でも指差しつつも声を出してとお願いしても、父は泣くばかりで先生にいやいや指差している感じで時間は過ぎてゆく。言葉を出す。当たり前のことだけど、つばを飲みこむなど無意識に普通の人がしていることが父にはできないからつばがのどにたまって言葉にならない。だから泣いちゃうのか?私には良くわからないけど、「ごっくんしましょう!」と唾液の出るところを割り箸に脱脂綿を湿らせて凍らせたものでマッサージをして発声の練習をする。それでも指や行動のみで声はなし。見ているほうもつらい時間。
でも病室で声をかけてくれる人がいる。「私も同じ脳出血よ。はじめはなせなかったけどここまで話せたのもあのばかばかしい言語をやったからなの。がんばって!」
父とは比べ物にならないほど会話ができる。期待をしたいけどしていいのだろうか。家に帰るまでになんていうのは無理なのでしょうか?そういった経験ある人に是非聞きたいよ〜(;_;) 

もしもし

先日の話し合いから父はリハビリをがんばるようになったと先生方が報告してくれる。今日も言語に立ち会おうと時間に合わせてでかけてみた。
父は車椅子に乗って理学の先生と一緒に病室にいた。リハビリを終えて病室に戻り水分補給としてごっくんゼリーを飲ませてもらっていたところだったみたいです。左手でぎゅーっと搾り出して飲むこのゼリーはゼリエースのゼリージュースって感じの飲み物なんです。おくすりのめたねっていう商品同様、胃薬などの粉のお薬を包んで飲ませたりするのにも使えるのです。今はこれがお気に入りの様子。
今日は夕食までをゆっくり済ませたところへ母から電話が入った。ちょうどよいと父に渡すと「もしもし・・・・・」 耳を疑ってしまうほどはっきりとした声が聞こえる。電話を変わるともう電話は切れていてかけなおして母に話すと、間違えてかけたかと思って誤ってきったらしい。そのくらい今日は今日はのどの調子が良かったのだ。そういうことがこれからもっともっとあれば良いのになぁ〜。
まだ、たくさんの言葉を使い分けることは出来ない父と話せるせる日はいつ来るのかな?期待していいのかな。 

作業療法

先日病院に行くと、壁に小学校のときを思い出すような書道文字が貼ってありました。誰が書いたのだろう。紙をよく見るとたどたどしい字ではあるんですが父の名前が、カタカナで小さく書かれていました。そして転院してきて1ヶ月。父の今の状態を検査した結果を見て、今後の目標を決めていくことになりました。その結果内容はあまりうれしいものはありませんでした。良くなる方向はもっともっと長い目で見ないといけないと脳のフィルムやリストアップされた用紙3枚を見ながら話をしました。
現在父はリハビリを嫌がり、部屋に先生が迎えに来ても車椅子に移らなかったり、部屋の前で動くほうの手で踏ん張って入らなかったりと、なかなかうまくリハビリが進んでいないことを言われています。痛いからしないと手は硬直して着替えも辛くなるのですが、本人は麻痺のために麻痺した方は、全く意識がいかないというか存在がなくなってしまったような状態で意識のある方だけで生きている状態なのです。私たちには想像がつかないことだけど、車椅子に乗っていても左側のブレーキはいじれるけど、右側は?って聞いても右側をいじることさえもできない。だから右側に怪我をしてもぶつけても全く気がつかないどころか痛みを感じないので荷物をしょっている状態というのだろうか。周りの人の状態も同じ人は1人としていない。だからつかめないし聞けないし。今まで異常に病院にいってからすることも多くなってとっても疲れるようになってしまいました。ただ、毎回行くたび、同じ看護師さんにはなかなか会えず、パジャマのズボンが足りない?と見てみるとメモも張ってあったままになって、ロッカにかかっていたり。ノートにあれこれ書いてくるものの読んでくれているのかな〜と不安になるんです。病院はほんとに入ってみないとわからない。今までとは雰囲気も違うから寂しいと先日会った以前の病院で隣のベットだった方もいっていた。なんだか今週はちょっと落ち込んでしまって日記の更新が出来ませんでした。元気出さなくちゃ!