病院のこと

集中治療室3日目

今日は午前中にあれこれと動き回って午後に父の病室へ。
眠っていたのでその間ソーシャルワーカーに会いに行きあれこれ不安だったことを質問して話してきました。

病院の中を少し歩いて見て帰ると父は起きていました。
手袋をはずして、家にいた頃と変わらず手を振ったりベットのサクにつかまって起き上がろうとしたりとよく動き回っていました。
「ダメだよ、じっとしてなくちゃ!」

そして私が20時からの仕事のため、元気だしと家族で18時に父にお別れを行って病室を出ました。
大丈夫そうだね〜なんていいながら・・・


仕事を終えて帰宅して、お風呂の準備をして24時半頃電話が・・・

「すぐに向かってください。」

元気だった父の顔がよぎります。
また行ったら手を握ってくれる。そう信じて弟に連絡をいれ出発。
24時45分 病院へ到着。

もう父の血圧の数値は0でした。

その後、私たちの声をかけて・・・・ 医師の声
「今心臓が止まりました」

耳に入ってきませんでした。
でもつかんでいる手がだんだん冷たく白く綺麗な肌になっていきます。
涙より立っていられなくなりました。
そしてそれを客観的に見ている自分もいました。 頭がボーっとして
母も私も声をかけたけど戻ってきてくれませんでした。

医師も看護師もその場に立っているだけでしたが、帰った後父の手を握っていてくれたそうです。

今父は帰ってきました。いつもの部屋で寝ています。

今日は一緒にずっと一緒に・・・・

そしてありがとう。最後に元気を見せてくれて。 

集中治療室2日目

本当は今日は特売日。なのに残念 今回は休止として病院にいた。
家族待合室に布団を持ってきてもらって仮眠。朝、弟に起こされて呼ばれた。
もしかして・・と良い方向に思っていたのは逆だった。
血圧が下がりまた一刻を争う状態の様子であわただしい。

10時ごろだったでしょうか?
私は集中治療室の部長の吉原です・・とメガネをかけたがっちり体系の医師が入ってきた。
今回は。。と今は2回の集中治療室にいるので、いつどうなるかわかりませんが、本人も大変苦しんでいます。痛いから転げ落ちることもあるくらい。
年齢もありますし手術は無理です。意識障害も少しあるようですし、このまま見取る形で考えて。。と率直に言っても、これ以上輸血しても流れてしまえば嫌な言い方ですが、若い方を助けるためにもと。。言い回しを使いながら、現状維持的処置のみで、輸血をストップ。血圧調整剤のみの投与となりました。

その後も父に付き添っていましたが容態が安定しているのだからと押し返され、自宅へついたのは夜の21時頃。仕事を片付けて就寝。
弟は明け方に父の様子を見に行きました。 声をかけると目を開けて反応してくれたと安心。
パパがんばれ! 

入院しました

今日は朝から調子が悪いのか食事もほとんどせずにいました。
お昼頃からおかしいと主治医に連絡をいれすぐに救急車となり入院しました。

今まだ何も申し上げられないくらい父は苦しんでおります。

私たちも病院に付き添っていますがこのブログも更新が出来なくなります。

ひと段落着くまで、しばらくお待ち下さい。

突然のことで私も何を書いていいのかわかりませんが、一言書いておきたいと思います。 

救急車

今日は仕事が入り午前中は父の様子をちゃんと見てあげられませんでした。
母が、「何も食べないのよねぇ」 と言っていたのを気にしつつ
どこかいたいのかもはっきりとはいえない状態の父。
お昼頃になって泣くので様子を見に行くと起きたくないとベットから動かずにいたのでちょっと様子をみていたらむせ始めて様子がおかしいことに気づいた。

いつも歯を磨くときの受け皿を持ってきて口のそばへ。
でも吐くことはしないので、ムセが続き先生へ連絡。
「後で連絡して伺えるかを連絡します」と電話が切れた。
冷静に血圧を測ると100−77。いつもと変わっていないので脳内出血ではないと思ったが
何か胸騒ぎがした。突然手すりを持って起き上がった瞬間、顔面蒼白。
119番に至急電話し私が住所と名前を的確に伝え、門をあけて待っていた。
そしてまた先生に電話をして支持を仰ぎ、横にさせてはかせた。

救急車の前に何か・・・と前が内科の病院なので先生がいらっしゃればと尋ねたが、
土曜日の午後。診察が終って出かけられた後でした。
私はもうどうしたらいいのかあわただしい状態になっていた。
弟は父に呼びかけ母はベットにのり父を横にしていた。

10分位して消防車が到着。それから10分ぐらいで救急車が到着。
父の容態を説明して少しづつはいていた。

入院手続きをとなったので母は付き添っていく準備に
父の様子と年齢と病歴を告げてタンカへ。
それから・・・約40分くらいはあったでしょうか。
父は大動脈瘤のこともありいつもの荏原病院じゃ受け入れができないのでと、受け入れ先の病院待ちにされて救急車は家の前に止まったまま。
このもどかしさはなんでしょう。

その間にもいつもの訪問医師へ連絡をしていたので駆けつけてくれました。
先生もイライラ。まだでないのか!!とあれこれ行ってくださったけど近くの病院はベットがないと拒否され、やっと見つかった東邦医大大森病院へ向かった。
弟も後を追って出かけた。

集中治療質へ入ったのは14時を回った頃。私は留守番と仕事を続けて待機していた。
1時間くらいして電話がなった。
父は、、弟に気づいて笑っていた。意識は戻っていたのです。
ほっとしたのもつかの間。すぐに集中治療室に入院したあとは麻酔と痛み止めで眠っていた。

心臓外科の先生が見てくれたらしく一時弟と母が帰宅したので一緒にまた病院へ。
親戚にも連絡をといわれて連絡。すると妹は東京にタマタマいたのでと駆けるとのこと。
連帯保証人が必要だったのでサインしてもらうことになった。

あわただしく集中治療室へ私も入った。
以前倒れたときの父がそこにいた。辛い現実がそこにありました。

管をたくさんつけられた父。心電図と血圧が表示されたモニターがわきでなっています。
血圧は低く輸血していました。

先生が見えたので声をかけて説明を聞いた。
腹部大動脈瘤が敗れて出血しています。 幸い背中側に流れたので今は圧迫して止まっていますが、危ない状態です。まだ不安定です。
固まったとしてももう。。 助けてあげられずすみません。

聴いた瞬間、顔がこわばり震えました。
父はまた目を開けてくれるの?こん睡状態なの?

今日はずっとそばにいたくて家族みんなで日曜の朝を迎えた・・・ 

検査結果について

今日はちょこっと外出用の車椅子について書いておきます。
先日普通のタクシーに乗って帰ってきましたが、室内用と外出用の車椅子は仕様も違ったものをレンタルしています。父の状態に合わせて帰ることが出きるし、今現在も軽量化や仕様もどんどん新しくなるのでそのほうがおすすめです。

その外出用は、足のせが2つ、タイヤも小さめでアルミ製、折りたたみはもちろん、トランクに入るように背もたれのところが折れるようになっています。それだけではお尻が痛いので、低反発の座布団を置いて使っています。
女性でもできますが、介護タクシーを頼むとそれらをささっとトランクに入れてくれます。一般のタクシーは全くしてくれませんでした(^_^;)

さてもう1つ検査結果ですが・・・
今のCTって3Dになって結果が出てきます。背骨が白く内臓は黄土色になって、まるで皮膚と脂肪を削り取ったような写真なのです。模型を撮影してみているようなものでした。
肝臓、心臓、大動脈。とっても興味深い写真で私は感激して見入ってしまいました。
だって自分の体もこの検査を受けたらこんな感じになるのかな〜って思うだけで、すごい!としか言いようがありませんでした。
そしてそれは今の父の内臓写真であるのですから・・・
そして断面図も見せてもらいましたが臓器自体に異常なし。
でも、血管に問題が見つかりました。それはこの病気の発端になったものと思われ、もっと早くわかっていれば手術。でも血管と言っても大動脈なので今後様子を見ていくこととなりました。
今は暑くて、体力も落ち気味。食欲もいまいちなのですが、1日3食から4食くらいにして、なるべく水分を取るように考えながら作るようにしています。

秋になったらまた脳の検査をして見ましょうねということになりました。
またそのときになったらここに書きますね。 

検査に出かけました

今日は予約を入れて父の検診へ出かけました。
東京はここ数日30度を越える暑さ。
いくら近くても車椅子を押して歩ことは、坂が多いので怖いと思ったので、介護タクシーを予約。
車椅子ごと乗るものだとハイヤー料金と同じになるので、5000〜8000円くらいかかってしまう。(この当たりは頼むところによってまちまちなので、是非統一化してほしいなぁ〜。)
でも以前調べておいた小田急の介護用タクシーだと、介助料金1000円であとはタクシーと同じ料金、予約を入れた15分からの距離で計算してくれるのです。
父は椅子からベットへの移動もできるので、乗用車タイプの助手席の後ろが横にスライドするタイプの車でOK。
デイケアのときはとっても嫌がるので、今日は検査で3人でお出かけだよと父に伝える。
するとすんなり車までの移動ができました。(デイケアもこうだと嬉しいのにね。)

11時の予約でと以前診察券を発行してもらっていたので、
受付を済ませて検査を行う部屋の前で待機。
次々に名前が呼ばれて入っていくけど、早くついても順番は変わらず11時になって入室。
父を検査台に写したら私と母は外へ。約10分の短い時間で終了。
「1時間後に結果が出ますので会計を済ませてまたきてください」ということになり、
母は会計を済ませてくる間父に「検査はどんな?」と聞いてみた。
「・・・・」(ジェスチャーで手で目の前を行ったりきたり)」
きっと何かカメラが動いていたのでしょう?
その後泣き出してしまいました(^_^;)

まだ時間もあるしと病院内にある食堂へ行きました。
父が食べれるものはなかったので売店でサンドイッチを買ってパクパク。
私と母は今日のメニューからセットを頼んで食事。父との外食は入院していた以来。
窓からは病院の樹木がまぶしい。こぼしてしまうこともなくとっても綺麗に食事を済ませて検査結果をとりに行きました。

せっかくなのでと以前お世話になった看護婦さんを探すことに。
入院していたときのナースステーションに顔を出したけど、昼食を配る時間なのか知っている人は1人も見当たらない。
父はここに入院していたのよと話すけど覚えていません(当たり前ですけどねl)
その後相談室にお世話になった人はいるかな?とインターホンを押すと、
今日検査で来ることも父の訪問医師と連絡をとることがあるらしく知っていました。
「検査終りました?」と私たちのことを思い出してくださいました。
そうして話していると先ほど会えなかった父の主治医であった先生や婦長にもお会いすることができ、在宅でやってるの?元気になったじゃないですか?と皆にあれこれ声をかけていただき、父は車椅子で少し落ち着かない様子で前に後ろに動いていました。

そうしてお昼過ぎ、帰りは歩きでもいいねぇ。と外に出てみると暑い!!!
なら・・・・挑戦しようと父に普通のタクシーに乗ってみよう!と
タクシー乗り場に並んでいるタクシーに声をかけて、運転席の後ろをつけて父をヨッコラショ!
頭も気にしつつ無事に乗れたのでそのまま出発。
運転手に行き先は?と聞かれ住所を言ったら「近くじゃん!!(ーー;)」と一言愚痴られました。
(行きの運転手がとても良い方なのでちょっと気分悪い感じが増しますね〜)
そうワンメーターで移動しちゃって帰れちゃいました。

お家に帰って3人で休憩。検査結果は、病院から預かってきたフィルムを訪問医に渡して明日うかがうことになりました。 

病院前で

今日の朝。また電話がかかってきました。
「泣いてしまって、今日は来られますか?」
あら、、前に戻ったの?どうしちゃったのかしら?と家のことをした後、午後少し早めに出かけました。弟が車を出してくれたのでみんなで出かけて病院前。豆腐屋さんを発見して私はせっかくだしおいしいお豆腐を差し入れと買い物、先に母は病室へ〜って車を降りたらなんだか聞いた声が・・・・ なんと病院前に父が車椅子で泣いていました。看護婦さんが駆けつけてきて、「1人でココまで着ちゃったんです」????私も弟も驚いて出たのでさぞかし驚いたでしょう。何も言えずに泣くばかり。まるで「犬のおまわりさん〜♪」の歌のように看護師さんたちも「泣き声がしなくなったので病室をのぞいたらいなくて・・・」全く、私達の前では車椅子を押すことすらゆっくりゆっくりだし、エレベーターもボタン押してといわないと押さない。しかもエレベーター前では看護師さんが勝手に降りてはいけませんと見張っているかのようにみんなに声をかけているのを良く見かけていたのに、それを潜り抜けて、しかも今日は正面玄関はしまっていて夜間口しか開いてないのにあの段差はどうしたの?とわからないことだらけの不思議だらけ。父に聞きたくても話せなくて泣くばかり。
少し落ち着いてきたころ、高校野球でも見ようかとTVをつけると目をこすっていたので、久しぶりにメガネを出してみたら左手でメガネをかけ、TVを見たり周りをキョロキョロ。よく見えるでしょう?っていいつつあちこちに出かけてはTVをまわしてみていました。
なんだかきっと脳の一部が戻ってきたのでは?と思わせる1日でした。一時帰宅、どうなるのだろう・・・。毎日の日々の変化が見えないのでした。 

今日の食事

今日の食事は茶碗蒸し。といっても具がとっても多くてボソボソ。かまぼこやら三つ葉などなんだかおいしかったみたい。残さずに食べました。
4時からの言語療法。今日は何日?から口の体操。カード選択は4枚まで。6枚になると難しいみたい。その後お散歩をしてオムツの交換練習となんだかスケジュールは盛りだくさんです。色々な先生に声をかけてもらっては挨拶らしき手を上げたり、うなづいたり。
何か食べたいとシャーベットやらアイスを食べたりと食事までの時間はとても待ち遠しく感じてイライラしているのでしょう。車椅子の肘掛にをコンコンとたたきます。
いよいよ予定が決まり来月の第2週の月曜日、1時間だけ自宅に帰って改装やらケアマネージャーさんと話をすることになりました。もう夏休みを交代で取っている先生方も多く、リハビリも違う先生に代わったりします。父にも夏休みは来るのでしょうね。 

検査の日

猛暑が続いている。でも病院の中はそんなこと関係なし。行くまでがとても大変。
水曜日、呼び出しを受けた。母と弟が立会い、婦長さんから父が毎日愛用していたスプーンをなくしたことをお詫びされたり、看護婦さんの心無い一言で気分を悪くしたことなどあれこれ私がご意見ノートに書いたことが気になっていたらしい。でも、ここの婦長さんの話し方はなんだか落ち着きがなく心地の悪い感じを受けてしまいます。
それともう1つ。主治医から、「あまりに太らないので内臓の胃の検査を土曜日に行います・・・」と不安になっていました。
今日当日、朝の食事はとれないので他の人が食べている時間は父はナース室に移って食事が見えないようにされていた。唯一楽しみの食事がないのはつらいこと。そしていよいよ、初めての胃カメラ。コップ半分くらいのバリュウムを飲んで検査。はじめてみる胃の中「異常なし」といわれた。やはり体質が関係しているようでした。
父には必ず電話をかけるようにしている。母のときは公衆電話、私は携帯から家にかける。おやすみ、こんにちは、元気。聞いていれば話してくれるようになるかなと思っていた。やっと最近、「おやすみ」がはっきり聞こえるようになった。でも、それ以降は続かない。つばがたまって言葉にならないのだ。
言語療法でも舌の練習をしている。上、下、右、左・・・。口から出して運動。このおかげかな?
理学療法の先生にも「この間、冷蔵庫の前で泣いていました」なんていわれた。なんでかなと冷蔵庫を開けると、いつも飲んでいるジュースがたくさんあってどれが自分のものかわからず、取れなくて飲めなくて泣いてしまったらしい。
日々変化が見られる状態。退院のめどもそろそろ立つのかな〜 

雨の日

今日は荷物もたくさんなのに雨なので母と弟で病院へ。
父はすっかり落ち着いてきている様子で、今までは顔を見ると泣いていたのですが、最近は起きようとします。そしておやつを食べます。お昼から夕食の間がどうしてもお腹がすくのです。先日は笛を持った豆腐屋さんにあいました。父は豆腐が大好きなので小さなざる豆腐をペロッと何もかけずに食べちゃいました。
今、病気をしてやせてしまったのでアクションマットを車椅子に引いています。リハビリ室のベットで少し座っていると立ったときに2つのこぶのへこみつくんです。そう、骨が出ているのです。あまり良いとはいえません。でも太ろうと思って太ることのほうが難しいみたいです。周りの患者さんのことも最近は気になります。家族の人が着ているかどうか、週末は外出していない人、いつも誰かに助けを求めている人本当に色々な人が入院しています。父は話せないけど、他の話せる患者さんが「今日リハビリ一緒でしたね」とか、「痛いけどがんばると話せますよ」、「顔つきも前より良くなりましたよ」とか声をかけてくれるようになりました。なんだか不思議です。
この前にあれこれリハビリは一生必要なことと書きました。昨日スパスパを見て上半身をやせる。という題名に思わず見入ってしまったのですが、電化製品の発達によって、筋肉を使わなくなり、ぜい肉が知らず知らずについているといっていました。父だけじゃなく健康な人も毎日のストレッチをリハビリ同様続けることって大切なこと。パソコンを毎日仕事で使う分、きっと私も姿勢が悪く、楽って思える体制は実は肥満を呼んでしまうのだなぁって。父と一緒にこれから家族みんなもがんばって体を動かし元気でいなくちゃいけないなって思います。