母の入院

今日で入院50日目(最後の手術後14日目)になります。
節目としてこれまでのことまとめて書いておきたいと思いました。

先月3月8日 それは前触れなく突然のことでした。
いつものように料理番組を見ながら台所に立っていた母。
私は近くでiPadを見ていました。

「めまいがする ゆで卵さまして」

母の言葉に体を支え椅子に座らせましたが
いつもと様子が違うのにすぐ気づいて
電話をとり救急車を呼びました。

話しかけに意識が遠のいていくのがわかり
私も身震いがしてしまい一緒に病院に付き添いました。

幸い近くの病院でよかったけれど
1時間近く先生からの説明を待つ間
母が来ていた服を大きなビニール袋で渡され
待合室で不安な時間を過ごしました。

医師から呼ばれ告げられたのは「くも膜下出血」でした。

明日手術しますとCTとMRIの画像を前に説明が始まり
手術や薬についての説明 副作用
手術中に起こりうる状況変化など同意書にサインをしました。

その後ICUにいる母に合うと目をしっかりあけ
大丈夫という問いかけに頷き 手を握り返してくれて
少し安心して帰宅しました。
今はただそこでおわかれにならなくてよかった
そばにいるときで良かったとそう思うと
もう涙が止まらなくて 父の脳梗塞を思い出していました。

帰宅してネットで色々調べたりしていると眠れません。
でも体を休めるため身支度して布団に入り
翌日9時 手術待合室に入り手術を見守ることになりました。

16時にやっと医師から手術(処置について)の説明を受け
無事に終わったとのことですがこれから2週間は
ICU HCU SCUと移動して経過を見てきました。
その間 家にいても電話が鳴ったらすぐに出られるよう
睡眠があまり取れない日々が続き
毎日の面会にも意識は戻ることはなくさみしい日々でした。

目を開けることも座るリハビリが始まった頃になんとか。
なので私たちがいないときに行われていて見ることはできません。
初めてのオムツでのかぶれ 皮膚炎で肌が荒れてしまったりもしましたが
でもなんとか乗り越え 4月13日水頭症の手術をしました。

3月4月と医師も移動の季節で入れ替わりはありましたが
同じ病院で見られたことは良かったと思っています。

現在 1日2度のリハビリをしています。
徐々に呼びかけにも痛みやかゆみもわかるようになってきて
たまに反応してくれるようになっています。

作業療法の医師に支えながら立つ練習も始まり徐々に両手 両足は動くようになりました。
ただ痙攣がたまにありますがその薬が合わなかったのか蕁麻疹が出て肌が荒れ
薬をとめたのでかゆみに耐えています。

面会の時間には音楽を聴いてもらったり手足のマッサージをしています。
お風呂は火曜日と金曜日 体調を見て週に1度入っているようなので
顔を拭いてあげたりしています。


その間区役所にも出向き介護保険についての説明や認定の手続きをしていますが
認定はまだできていません。

先はまだどうなるのか 元の生活には戻れなくてももう1度母と話が
意思疎通ができる日々を目標に私も頑張りたいと思っています。

「くも膜下出血」も「脳卒中」と1くくりにされる脳の病気です。
母は83歳で発症してしまいましたが年齢に関係ない病気です。
検索すると本当に沢山の日記や介護の記録 病状についてのことが出てきますが
100人いたら100通り 全く同じではないことを
今いる脳外科の入院患者をみていても感じています。

わからないことは医師に聞き不安なことを1つ1つ解決していくしかない。
また脳ドックについては家族に脳卒中の人がいた場合は40歳を過ぎたら
受けておいたほうがよいと言われました。

日々医学は進化しますがまだまだ未知のことが多く
これで安心といえる検査や予防法はないようで
市などで行われる健康診断では防ぐことはできないと思います。

前触れのようなことをテレビでもやっていますが
自分でちょっとおかしいなというよりも家族から見て変化があれば耳を向け
検査を受けることは大切だなって思っています。

今はもう元気なころの母に戻ることはできませんが
母と会話 意思疎通ができる日を目標に頑張りたいと思います。

左中指

土曜日から仕事が詰まっていてあまり気にしていなかったけど
左の中指 付け根というか骨というかがちょっと痛む
どんな痛みかを表現すると こぶしをギュっと握ろうとすると力が入っているけど
入ってないような 筋の痛みなのか骨なのか 筋肉痛?っていうのもおかしいけれど
なんだかそんな感じです。

本当は安静にしていれば大丈夫なのかもだけど 何かひねったという場所でもなく
ちょっと気になっています。

顔も今まで毎日は日焼け止めを塗っていなかったのでちょっと肌荒れが気になるところかな

後はしっかり睡眠がとれる日は取ろう!と思うこの頃です

救急へ

今日 午前中いつもと変わらない日常がありました。
夜は寒いからうどんを ゆで豚もおいしくできていたし
ゆで卵と一緒にたれに漬けておこうかなって話して。

14時ごろからゆで卵を作り 火を止めたころそれは起きた。

「めまいがする」「ゆで卵冷やして」

そういっていた母を私は支えてどうしたらいいか迷った。
話ができているしと椅子に座らせ汗が出ていたのでタオルをとり
弟を呼んで「早く救急車」と電話を片手に住所を伝え状況を伝えました。

父の時もそうでしたが 内科をするということになんだかわけがわからない状況で
2階までの廊下と玄関までを鍵を開けて待って来た救急車に母と一緒に病院へ急ぎました。

隣駅にある大きな病院が受け入れを許可してくれて弟に電話。

それから説明があるまでは訳2時間ほどだったか。
最後の説明と明快ができたのは17時を回っていました。

意識はありません なので話しかけもダメだといわれ涙が出てきました。

家に帰れば母がいるようなそんな錯覚も
なんだかおかしな状況で明日目が覚めたら隣に寝ているんじゃないかな
でもいなかったらどうしようとか 年齢を考えるとそう思う日もありましたが
そんな日が今日だなんて思わなくて 悲しみが体いっぱいになりすぎて
もう自分でも対応しきれなくなっていました。

最後の説明で T先生は 明日手術をしようと思います。

重症ですけど。。頑張って見ましょう と。

お願いをしてきました。 今日は夜祈りをします。

どうか最後にちゃんとお話がしたい。でも 苦しんでほしくはない複雑な思い。
どうなってしまうのだろう 今後の不安がどーーと。
一寸先は闇です。

今週のイベントを見てデパートに行きたいねって言っていたのに。

金曜日だねって明日だよ~~~~~ (:_;)
 

不幸な出来事

久しぶりの更新になってしまった・・・
先月末 怪我をしてしまい 歯の治療をしています。

他は打撲でアザやコブが少しできたけれど生活には支障なく過ごしています。

でも合わない靴でこんな大きなことになるなんて思わず 
情けないく 悲しい現状を受け止められないでいます。

いつも 何も考えないでできていたのに一瞬でそれが壊れる瞬間でした。

今はだいぶ良くなってきましたが その代償は高くなり トホホです。

GWは仕事もあったし 遊びに出かけることはありませんでしたが
終わってもなんだかぱっとせず 気合を入れなおしてやってます。

 

 

パン

朝食はパン いつのまにか我が家のルール

明日の朝のパンがないだけで

「明日のパンがないの」

と何度も何度も。

「私が焼くから」 

というとそう。。とやっと諦めてくれますが
忙しいのに大丈夫?ですって。

「なければオートミールをたくかホットケーキ作るわ。」

というと 気が収まって静かになります。

でも 当日オートミールだと足りないらしい。

私は朝はスープさえあればいいし お昼をかねて食べるくらいがいのにな。

 

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図書館

図書館から予約した本が届いた!とメールが朝届きます。
今日も1通届いてこれで2冊。 私が取りに行くわと母。

準備を初めて行く前に 持ち物チェックで

図書カードがない!


どこを探してもない! 最後に図書館に紛失しました。。と電話。
念のため図書館に再発行の手続きを伺ってから そちらに届け出がありませんか聞いてみたら 

1日に届け出がありました。 

だって。
PASMOで履歴は20件までしか表示されず 誰?って。。
考えてみたら 私 レシートに1日のものがあり私でした。 ごめんなさい。

本人確認が必要なので仕事終わったら行って来なくちゃ

 

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久しぶりのお茶室で

懐かしいお茶室で 香道 をしてほしいと頼まれていました。
道具を運ぶのはとても大変なのとみんなが集まらないとできないからと
ずっといつかだったことが今日になりました。

その日のために 道具が少なくて済むお香を組み どう持ち運ぼうか
壊れないようにまとめるにはどうしたらと考えて準備をして 手荷物3つになりました。

我が家からバリアフリーで最寄駅までの路線検索をしての初めての電車。
時間も少しずれていたので行きも帰りも座ってゆっくり移動ができました。

次回開催できるかはわからないけれど。
久しぶりにお会いした方々は気持ち良くお話ができて楽しい時間でした。
お夕食もご一緒させていただき 楽しい1日をありがとうございました。

 

失笑恐怖症

中学になって初めて身近な人が突然亡くなって
その日の夜は夢で見たり 家の中にふと見えたりして信じられなくて
悲しみがどっと押し寄せすぎて あふれてしまって
電話も鳴り響き 玄関には人が来て TVも怖かった記憶。

今でも鮮明に思い出します。

お葬式 親族だけど子供だからと後ろの方で式に出ていたんだけど
悲しいのに笑いが止まらなくて おじさんににらまれて怖かったけど
止められなくてその場から逃げたくなったことがありました。

ふと 昨日 失笑恐怖症というのがあり お葬式や怒られているときに笑ってしまう。。

まさにこれだったのだと気付いた。
笑っちゃいけないいけないと思うと だめで止まらない。 
で 検索してみた

http://www.heartfullife.jp/glossary/%E5%A4%B1%E7%AC%91%E6%81%90%E6%80%96%E7%97%87/

対人恐怖症の1つ。
原因は、極度に緊張したり不安や苦痛を抱えたりしているときに、その恐怖心を回避するために笑うためであったり、笑ってはいけない状況の緊張感や恐怖心に耐えられず、そのストレスを緩和するために笑いがこみあげてくるためといわれています。

と書かれている通り 納得がいく回答が出てきた。

今はそんなことはないけれど 当時これからどうなっちゃうのだろう。
そんな不安が奥底あったのだと思うと 私の中で個々で怒ったことは一生忘れないのだと思う。

ただ 調べていくと色々なつながりがあり複雑なのもわかるから
今私がこういうの嫌い とか 気持ち悪くて見られない 恐怖症というものがあるので
それらもまた何か要因があるのかもしれない。

すっとみられるときはいいのだけれど 草間先生の作品の中で 見ていられないものがあるし
あのビビットな色のドット作品ばかりの部屋にはどうしても入ることができないのも1つ。

昔のこと 今思ってもなぜだかわからないのに記憶に残っている
私にとってはつらい出来事だったのかなって気になっていたことが
今日ちょっと解決しました。

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急に寒くなって

暑かったと思ったら急に寒くなったここ数日。
月曜日に出かけたときシャツ1枚が悪かったかも思うほど
体温調節がうまくできなくて 呼吸がつらく 鼻が詰まる。

こういう時は甘いものを控える 野菜を多く カレーなどを食べて治すのですが
そうもいかないみたいで葛根湯を少し。

何を着ていいかわからないとき 注意しなくちゃね。

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左 ふくらはぎ

急に寒くなってこのまま秋になるのかなって思いたいくらいですが
衣替えもまだで何を着ていいのか迷っちゃいますね。
しかも雨だし 外に行くならエナメルの靴とか長靴履いて行った方が
いいかなくらい降ってたりして 困ります。

そんな夜 立ち仕事だし 気を付けているけれどやっぱり水不足だったのかな
TV見ておかしいなって思ったら 左ふくらはぎが腫れてきて
やばい!と思った後 つってしばらく痛みと格闘(>_<)
指が反るのではなく足全体なので もっと厄介。
マッサージしてどうにか直ったけれど 内側に筋肉が寄ってしまうような感覚で
お風呂でよく温まって何とか元に戻ったけれど
出も違和感は少し続くから冷やさないようにしなくちゃとサポーターしています。

これから冷えは大敵! しかも暑がりがいるとなかなかお風呂の温度設定も微妙だし
私は40度で入りたいなぁ~

 

 

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