チェックしてみよう

身近に脳卒中(脳内出血)になった人が入る人はとても身にしみてわかること。 

突然よだれが出る 口が閉まらなくなり左右 顔がゆがみます。 

これって身近にいる人 家族だけじゃなく 
知人友人にも知っていてほしい。 

そのとき傍にいるのが家族とは限りません。 
躊躇せずに病院に行ってほしい!! と。 

でも年齢じゃないんだけど 
食べこぼしが多くなったり今まで箸の使い方がヘタになったり。 
些細なことなんだけどこれがサインです。 

急にってみなえ~って思うけど 本当の話。 


脳卒中の歌「急に顔ゆがんだ」 
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=860738&media_id=2

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定期検診

市から健康診断のお知らせが届きました。 

35歳と38歳検診 と大きく封筒に書かれています。 

病院名と期限が書かれていたけど 
検査内容はなく 負担金1200円 

うーん追加して色々な検査受けれるのかしら? 
よくわかりませんが  

やっぱり受けたほうがいいかな?と思いつつ 
12月までは忙しくなるので 
予約をいつ入れていいのやら・・・迷ってます考えてる

近くの病院へ

昨日 午後に緊急で母を連れていたった病院で
明日は耳鼻科に行ってくださいといわれ出かけてきました。

朝9時 帰宅は13時。
やっぱり時間がかかります。

耳鼻科も初診だったので予約の合間に見てもらうシステム。
でもわりとすぐに見てもらえてめまいの診断と
聴力の検査をしてもらって今日は点滴でめまいの薬をもらい終了。
点滴も薬が入っているので1時間と私は待っている間をどうしようか
フラフラしていました。

金曜日に予約を取ってまた聴力の検査。
それで中枢神経からきためまいかどうかをチェックできるかどうか・・
頭の中なので不安です。

仕事も今日までなら休めるけど明日からがんばらなくちゃ。
みんな新しい進展があるけどこの状態じゃ新しい仕事をもらえません。
やっぱり家族の健康第一!がんばります。 

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このブログについて

皆様へ

このブログの更新がずっと止まっていました。

実は父は2005年11月29日 1時15分 に息を引き取りました。

すでにもう3ヶ月が過ぎました。あっという間の出来事。
入院生活もあったためかまだどこかに父が生きているようにさえ思います。

昨年夏に他に異常が見つかって手術もできず現状維持で介護に気をつけていましたが
話せないストレス、食事も嚥下障害という中での生活は本人にとっても
つらい日々だったのかもしれません。

病気になった父が そこに生きていてくれたことへの感謝を忘れていません。
介護を苦に思うこともあまりなかったように思いますが、疲れはあったかもしれません。

でもそれらがあっての生活が今ではとても懐かしく暖かいものにも思えます。


最近、とある病院の呼吸器問題。私は父のときのことを思い出さずにはいられません。
私も父のことで救急車を呼んでからの対応やそれからの医師について、
たくさんの医師と出会いましたが言葉1つ1つが鮮明に思い出されます。
はじめの脳外科の先生は若くとても説明をよくしてくれましたが、
もう次の転移先を相談されました。
その後のリハビリの先生は、もっとよくCTの見方や変化、経過等を教えてくださいました。
退院してから訪問の先生、とてもよい方でしたが、
とても疲れていたのが今も印象に残っています。
緊急室の先生、率直に物事をいう方で処置方法もたんたんと説明され
言葉にとげがあるように心に刺さってつらかったです。

話はそれましたが このブログはこのまま少し残しておきます。
非公開のことも増えるかと思いますが、
介護について皆様のお役に立てることがあったら、お役立ていただければと思います。

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集中治療室3日目

今日は午前中にあれこれと動き回って午後に父の病室へ。
眠っていたのでその間ソーシャルワーカーに会いに行きあれこれ不安だったことを質問して話してきました。

病院の中を少し歩いて見て帰ると父は起きていました。
手袋をはずして、家にいた頃と変わらず手を振ったりベットのサクにつかまって起き上がろうとしたりとよく動き回っていました。
「ダメだよ、じっとしてなくちゃ!」

そして私が20時からの仕事のため、元気だしと家族で18時に父にお別れを行って病室を出ました。
大丈夫そうだね〜なんていいながら・・・


仕事を終えて帰宅して、お風呂の準備をして24時半頃電話が・・・

「すぐに向かってください。」

元気だった父の顔がよぎります。
また行ったら手を握ってくれる。そう信じて弟に連絡をいれ出発。
24時45分 病院へ到着。

もう父の血圧の数値は0でした。

その後、私たちの声をかけて・・・・ 医師の声
「今心臓が止まりました」

耳に入ってきませんでした。
でもつかんでいる手がだんだん冷たく白く綺麗な肌になっていきます。
涙より立っていられなくなりました。
そしてそれを客観的に見ている自分もいました。 頭がボーっとして
母も私も声をかけたけど戻ってきてくれませんでした。

医師も看護師もその場に立っているだけでしたが、帰った後父の手を握っていてくれたそうです。

今父は帰ってきました。いつもの部屋で寝ています。

今日は一緒にずっと一緒に・・・・

そしてありがとう。最後に元気を見せてくれて。 

集中治療室2日目

本当は今日は特売日。なのに残念 今回は休止として病院にいた。
家族待合室に布団を持ってきてもらって仮眠。朝、弟に起こされて呼ばれた。
もしかして・・と良い方向に思っていたのは逆だった。
血圧が下がりまた一刻を争う状態の様子であわただしい。

10時ごろだったでしょうか?
私は集中治療室の部長の吉原です・・とメガネをかけたがっちり体系の医師が入ってきた。
今回は。。と今は2回の集中治療室にいるので、いつどうなるかわかりませんが、本人も大変苦しんでいます。痛いから転げ落ちることもあるくらい。
年齢もありますし手術は無理です。意識障害も少しあるようですし、このまま見取る形で考えて。。と率直に言っても、これ以上輸血しても流れてしまえば嫌な言い方ですが、若い方を助けるためにもと。。言い回しを使いながら、現状維持的処置のみで、輸血をストップ。血圧調整剤のみの投与となりました。

その後も父に付き添っていましたが容態が安定しているのだからと押し返され、自宅へついたのは夜の21時頃。仕事を片付けて就寝。
弟は明け方に父の様子を見に行きました。 声をかけると目を開けて反応してくれたと安心。
パパがんばれ! 

入院しました

今日は朝から調子が悪いのか食事もほとんどせずにいました。
お昼頃からおかしいと主治医に連絡をいれすぐに救急車となり入院しました。

今まだ何も申し上げられないくらい父は苦しんでおります。

私たちも病院に付き添っていますがこのブログも更新が出来なくなります。

ひと段落着くまで、しばらくお待ち下さい。

突然のことで私も何を書いていいのかわかりませんが、一言書いておきたいと思います。 

救急車

今日は仕事が入り午前中は父の様子をちゃんと見てあげられませんでした。
母が、「何も食べないのよねぇ」 と言っていたのを気にしつつ
どこかいたいのかもはっきりとはいえない状態の父。
お昼頃になって泣くので様子を見に行くと起きたくないとベットから動かずにいたのでちょっと様子をみていたらむせ始めて様子がおかしいことに気づいた。

いつも歯を磨くときの受け皿を持ってきて口のそばへ。
でも吐くことはしないので、ムセが続き先生へ連絡。
「後で連絡して伺えるかを連絡します」と電話が切れた。
冷静に血圧を測ると100−77。いつもと変わっていないので脳内出血ではないと思ったが
何か胸騒ぎがした。突然手すりを持って起き上がった瞬間、顔面蒼白。
119番に至急電話し私が住所と名前を的確に伝え、門をあけて待っていた。
そしてまた先生に電話をして支持を仰ぎ、横にさせてはかせた。

救急車の前に何か・・・と前が内科の病院なので先生がいらっしゃればと尋ねたが、
土曜日の午後。診察が終って出かけられた後でした。
私はもうどうしたらいいのかあわただしい状態になっていた。
弟は父に呼びかけ母はベットにのり父を横にしていた。

10分位して消防車が到着。それから10分ぐらいで救急車が到着。
父の容態を説明して少しづつはいていた。

入院手続きをとなったので母は付き添っていく準備に
父の様子と年齢と病歴を告げてタンカへ。
それから・・・約40分くらいはあったでしょうか。
父は大動脈瘤のこともありいつもの荏原病院じゃ受け入れができないのでと、受け入れ先の病院待ちにされて救急車は家の前に止まったまま。
このもどかしさはなんでしょう。

その間にもいつもの訪問医師へ連絡をしていたので駆けつけてくれました。
先生もイライラ。まだでないのか!!とあれこれ行ってくださったけど近くの病院はベットがないと拒否され、やっと見つかった東邦医大大森病院へ向かった。
弟も後を追って出かけた。

集中治療質へ入ったのは14時を回った頃。私は留守番と仕事を続けて待機していた。
1時間くらいして電話がなった。
父は、、弟に気づいて笑っていた。意識は戻っていたのです。
ほっとしたのもつかの間。すぐに集中治療室に入院したあとは麻酔と痛み止めで眠っていた。

心臓外科の先生が見てくれたらしく一時弟と母が帰宅したので一緒にまた病院へ。
親戚にも連絡をといわれて連絡。すると妹は東京にタマタマいたのでと駆けるとのこと。
連帯保証人が必要だったのでサインしてもらうことになった。

あわただしく集中治療室へ私も入った。
以前倒れたときの父がそこにいた。辛い現実がそこにありました。

管をたくさんつけられた父。心電図と血圧が表示されたモニターがわきでなっています。
血圧は低く輸血していました。

先生が見えたので声をかけて説明を聞いた。
腹部大動脈瘤が敗れて出血しています。 幸い背中側に流れたので今は圧迫して止まっていますが、危ない状態です。まだ不安定です。
固まったとしてももう。。 助けてあげられずすみません。

聴いた瞬間、顔がこわばり震えました。
父はまた目を開けてくれるの?こん睡状態なの?

今日はずっとそばにいたくて家族みんなで日曜の朝を迎えた・・・ 

どんまい

昨日からNHKの11時から始まる連ドラ「どんまい」がはじまりました。
新米介護ヘルパーのドラマなので母と一緒に見ています。
主人公を演じる相武さんはとてもかわいらしくて明るく演じているので、気持ちも重くならず楽しく見られているところが今のところお気に入りかな?

家も入浴サービスを受けるためにはじめはわからず1日50人くらいが集まるセンターを選択。
お迎えは9時ごろから10時の間でマチマチです。
ヘルパーさんもそれぞれ個性的で、気持ちよく介護している(仕事されている)なと感じる方と、
そうじゃないな〜って思える人などほんと色々なヘルパーさんがいます。

今のところは父が通う木曜日は20人以下。
世田谷と大田区の2箇所で運営している一戸建ての家を改装してできた施設です。
ヘルパーも以前より少ない人数なのですが皆さん感じの良い方ばかり。
でもかなり肉体労働だなって思うところもあるのに女性が多いなと感じます。
きっと辛くてやめちゃう人も多いでしょう。
でも中には父を介護していたのでとこの職についた人もいました。

初めの頃、お手伝い願えませんか?なんて私も声をかけられました。
やはりこのヘルパーという職はまだまだ安定していないのだなって思います。

是非このドラマも私たち介護をしている人を励ましてくれる勇気付けてくれる
そんなストーリー展開を期待!!!しています。

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しいたけ

今日父がデイケアの日。
相変わらずの拒否行動は、いつもくたくたになってしまうほどです。
デイケアの人達も「男性の方に多いんですよね」と一言。

でも父の場合老人ではなく麻痺で言語障害という今が外の世界を嫌っているようにも思えます。どんどん寒くなって散歩に行くのもイヤだろうし、お家以外で過ごすたった半日でも父はいやなのでしょうか?
私も仕事があり今日はどこにも出かけず家の掃除をしたりしていました。

あっという間に16時。そのときは電話が鳴ります。
いつも帰宅するときには泣きじゃくる父。 でも今日は私がお帰りという言葉に笑ってるのです。
何かいいことがあったのでしょうか??? 聞いてもわからないまま。
父がいつか話せるようになったとき、覚えていたら聞いてみたいな。

着替えを済まし 父の部屋の中庭の雨戸を閉めようとしたら。。
5月に出かけた笠間で頂いたしいたけの古木から大きなしいたけが1つ出来ていました。
とっても綺麗でおいしそう!!
父にも見せたけど反応はなし。しいたけは細かく刻まないと食べられないからかも。

古木からはどのくらいしいたけが出るのかな〜って楽しみにしていたら
弟が「毒キノコだ!!食べたら死ぬよ」なんてひどいことを。
確かに今年、毒キノコもたくさん出てきます。
ガレージに止めてある車に下を見ると怖いくらいのきのこだらけ。
でもしいたけとは全く似ていない肌色のきのこ。
ゴミ袋1袋くらい捨てることもあります。

古木は大切にまた水をかけてあげました。
またおいしいしいたけをよろしくね! 

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